カテゴリー「まちづくり」の記事

2008年2月19日 (火)

有珠山噴火メモリアル2008開催準備

2000年の有珠山噴火から今年で8年目。

噴火後の復興とまちづくりに必死になってがんばってきた旧虻田町民。

避難生活では、全国からさまざまな支援をいただきました。

有珠山噴火メモリアル委員会は、こうした「町民の熱意と感謝の思い」をこれからのまちづくりに生かしていこうと、噴火の翌年(2001年)からメモリアル事業を始めてきました。

今年で7回目となるメモリアル事業にぜひご参加ください。

メモリアル200をダウンロード

2007年10月22日 (月)

噴火から6年

2006年3月27日(月)「しんぶん赤旗」 に掲載されました

列島だより

火山と共生、まちづくりへ 

噴火から6年


 2000年3月31日の有珠山噴火で、多くの住民が避難生活を強いられた北海道虻田(あぶた)町、つづいて同年8月には東京・三宅島で雄山の噴火による火砕流が発生し、5年近くの全島避難生活を余儀なくされました。噴火から6年、住民のくらし、復興の現状を紹介します。


住宅再建 町が支援 観光客誘致に多彩な催し

北海道旧虻田町

 有珠山周辺の観光地では、一時激減した観光客の足が戻ってきました。積極的な観光振興策を打ち出してきた北海道虻田町では、火山との「共生」が試みられ、噴火前とほぼ同じ年間三百万人台の観光客に回復しています。

観光施設を整備

 きょう二十七日に洞爺(とうや)村と合併する虻田町(新町名は洞爺湖町)は、観光施設や、「足湯」、「手湯」など温泉を楽しめる数多くの施設を整備してきました。

 洞爺湖温泉地区では、熱泥流によって洞爺湖温泉小学校が破壊されました。町民自ら「温小再建を考える意見交換会」を開催し、「原状回復」ではなく、将来においても安全な地域での学校教育のため四キロ離れた場所に再建し、スクールバスも実現しました。

 町おこしも活発です。ホテル、飲食店、土産店などの従業員や経営者らが大型の竜の「灯ろうを復活させる会」を結成し製作、噴火の二年後から湖上に浮かべ“灯ろう祭”を開催しています。「有珠山ガイドの会」も結成され活動しています。

 虻田町は、国の制度に上乗せし、七百一世帯の住宅被害者への支援として全壊家屋に五百万円、半壊には二百五十万円の見舞金を支給し、火口近くの宅地や建物への買い取り補償など、住宅再建を生活再建の基盤としてきました。一方、国と北海道の対策は、再建が困難な被災者への満足な補償もなく、不況と噴火災害による影響は地域の観光産業と雇用を減退させました。教育や保健・医療環境の悪化、避難生活に伴う地域社会形成の遅れなど、深刻な事態が続いているのも事実です。

三宅の小学生と

 全国からの支援を忘れず、火山と共生するまちづくりへ、温泉の事業者や従業員、教員、退職者、議員などで「有珠山噴火メモリアル委員会」が結成されました。〇二年から、毎年三月に「有珠山噴火メモリアル感謝祭」が開かれています。〇三年には三宅島の小学生五十四人を招待し、ホームステイや「火山とともに生きる子どもサミット」を開催しました。

 今年も、ホテルや飲食店、商店が感謝をこめた半額謝恩セールを企画しています。小学生による水蒸気爆発の模擬実験など、多彩な企画に総勢三百人を超える町民が協力し、参加します。

 湖畔でペンションを経営する雫正侑(しずく・まさのぶ)さん(63)は「地域の人と連携して多彩な企画を工夫し、行事をつくっています。活気ある町づくりのためにもっと行政の支援が必要です」と話します。

 噴火後、町民のきずなが強まり、災害を乗り越えて、火山と共生するまちづくりへの機運も高まってきました。それだけに、町民の活動を支えてきた日本共産党の町議として、こうした活動が大切と痛感しています。

(立野広志旧虻田町議)